少し前に、このブログ仲間の福島章喜先生が、ペルセウス座流星群のことを書いていらっしゃいました。私もかつて伊豆の山中で本当に満天の星空を見て以来、星に関することはよく読んだり調べたりします。
星とほとんど縁のないような国語を担当している私ですが、実は古文や漢文にも星に関係することはあるんです。たとえば宮廷歌人 藤原定家は自分の日記『明月記』の中に、たくさん星の記録を残しています。次はその一部です。
「建久三年四月十八日(1192年5月30日) 螢惑(火星)右実坊(乙女座β)を犯す(犯す=天体が0.7°以内に近づくこと)。その字を知らず。月蝕また正見、司天、怖れ立つ。」 「建暦二年十月三日(1212年10月28日)月歳星(歳星=木星)を犯す。今夜忽然として現る。」などなど。藤原定家は古代中国から学んだ天文の知識を活かして数々の記録を残したのですね。
教科書を離れて、古典と理科の融合授業というのも面白いでしょうね。「検証!古典文学における天文」なんてテーマでDr.福島とのコラボレーション・・・いつか実現してみたいなぁ。