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昨日のブログで港の見える丘公園にある日時計について触れました。実はそのプレートに刻まれた「小原銀之助」なる方を検索したら、とても素晴らしい日時計作家であることがわかりました。ぜひHPをご覧下さい。
http://www17.plala.or.jp/hidokei-ohara/gin.html
小学生の頃から当たり前に知っていた日時計ですが、この年になって初めて制作者の情熱を知り、深く感銘しています。それからもう1人。プレートに刻印はありませんが、「この丘のこの場所に、日時計を作ろう、そしてそれを小原銀之助氏に任せよう」と考えた人(達)がいたはずです。彼らの思いが今もちゃんと受け継がれているところに、改めてYOKOHAMAという街の素晴らしさを感じます。
すっかりご無沙汰しました。教材プリント作成に追われたり、読解力を高めるための様々なメソッドを勉強したりしているうちに、ブログの更新を怠けてしまいました。
さて、今日は午後から湘南校舎で「国語力シンポジウム」の2回目です。そこで午前中を利用して神奈川県立神奈川近代文学館へ行ってきました。ちょうど今日から「生誕100年記念 中島敦展 -ツシタラの夢-」が始まったのです。でも開館まで少し時間があったので、久しぶりに山の手散歩をすることにしました。
外人墓地の向こう、靄の中にランドマークタワーが見えます。もう少し進んでいくと、横浜雙葉学園のマリア像が見えました。フェリスや横浜共立と並んで、50年前も今も、横浜の女の子達あこがれの学校です。40年前中学生だった私も、楚々とした横浜雙葉の女学生に、それはそれはあこがれたものでした。
文学館の方に路を戻って来ると、「えのき亭」のかわいい花壇を発見。そして近代文学館めざして公園の坂を下って行きます。私はこのアプローチが大好き。よく手入れされた花壇と水路を流れる水音を愛でながら、だんだんと文学館に近づいていく。この期待感がとてもいい。ただ箱物を造るだけでなく、心理にも訴えかけるランドスケープをちゃんと考えているんですね。
さて、開館と同時に入館した私は、見学者第1号のようでした。展示は本当に細かい資料まで集められ、中島敦の33年間を一緒に追体験するような構成です。2年生で『山月記』を学びますが、ぜひ多くの高校生に見てほしいですね。『図説 中島敦の軌跡』(¥1500)もオールカラー。敦の手紙など、ちゃんと文字が読める立派なもので迷わず購入しました。ところでこの文学館は、神奈川県内の私学や企業がバックアップしていると、館内のプレートに説明があります。私の母校の名前もあって、嬉しい発見でした。「中島敦展」は8月2日まで見られます。どうぞお出掛け下さい。
文学館を後にして港の見える丘公園に入ると、「日時計」を発見。もしやこれは私が小学生時代からあるもの?・・・思わず駆け寄ってみると、やはり記憶の中の日時計でした。
1963年の「時の記念日」に創設され、1985年の同じ日に改装されたんですね。懐かしいものに会えて、今日は本当にうれしいことがたくさんあります。
さぁ、午後1時からのシンポジウムに向かいます。