1973年山形市に生まれる。数学科教諭。多感な幼少期を新潟は万代橋の袂で過ごす。1996年山形大学教育学部卒業後、本校に勤務。同年、結婚。現在3人の娘の父親である。高校教諭として数学の素晴らしさを生徒に伝える傍ら、CM出演、東海大学山形サッカー部のブログ管理など、活躍の場を広げている。趣味は、読書。
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GUAMレポート02 平和学習

2011.11.18

11/13/Su 8:30 学校出発  CO182便は定刻どおりフライト
11//13/Su 16:45(現地時刻 以下現地時刻) グアム空港着
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入国審査では、異常な混雑状況で1時間以上並びました。外に出るとあたりは黄昏。トワイライトゾーン(古!)でした。

11/14/Mo 2日目は平和学習の日。「グアム戦跡めぐりトレッキングツアー」の第一人者「ケン芳賀」さんによるプログラムになります。

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アサン展望台にて、ケン芳賀さんの話を聞きます。無知な国家に翻弄されながらも強大なアメリカ軍に夜襲をかけた日本兵の大和魂の話に力がこもります。

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忘れられようとしている太平洋戦争に関する大宮島(グアム島)の歴史を学習している取り組みに対して、グアム議会から感謝状をいただきました。授与のために上院議員さんも来てくださいました。地元のテレビクルーも取材に来ました。この日の6:00、23:00のテレビニュースにて取り上げられました。最後に、ここで故郷日本を思いながら散っていった日本兵の慰霊を行いました。千羽鶴奉納、平和宣言、童謡「ふるさと」を斉唱しました。


次は、メリッソ ファハ受難碑を訪れました。私たちの祖先である日本軍は、ここグアムで様々な戦争犯罪を犯しました。陣地壕を作るために作業をさせた現地住民(チャモロー人)を、作業終了後全員射殺しました。収容所までの移動が大変であるとの理由から、虐殺をしたことも記録として残っています。
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慰霊の石碑を囲んで、生々しい戦争犯罪の話に耳を傾けます。黙祷の後、グアム島歌を斉唱しました。こんな美しい眺めの場所で、そのような犯罪が行われたとは…


ガーンポイント。ここでは、戦闘に巻き込まれないように現地住民を避難させた日本軍の話が聞けました。先ほどのショックがが少し和らぎました。
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今も残る砲台が、当時の「匂い」を漂わせてくれます。


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サンラモーンの日本軍司令部壕です。沖縄は有名ですが、グアムにもあったのですね。ケン芳賀さんによれば、団体でここに訪れたのは初じめてのことでした。最後は、南太平洋平和記念公苑です。事前学習における生徒の発表では、「もっと立派で、もっと意義のある施設になる予定でしたが…」という発言が思いだされると同時に、あまりの簡素さに唖然です。


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夕食は、夕焼けが美しいビーチサイドでのバーベキュー。美しい景色に疲れがふっ飛びましたが、肉の分厚さと多さにげっそりしました。流石高校生、ガンガン食べていました。


今回の平和学習で読み込んだ本をここで紹介しておきます。山口誠著「グアムと日本人~戦争を埋め立てた楽園~」(岩波新書;2007)平和学習班の生徒も読んでいました。興味のある方は是非読んでみてください。

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