1973年山形市に生まれる。数学科教諭。多感な幼少期を新潟は万代橋の袂で過ごす。1996年山形大学教育学部卒業後、本校に勤務。同年、結婚。現在3人の娘の父親である。高校教諭として数学の素晴らしさを生徒に伝える傍ら、CM出演、東海大学山形サッカー部のブログ管理など、活躍の場を広げている。趣味は、読書。
2012.11
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牡蠣・海鞘を食べる時に思いだすだろう

2012.11.12

11月10日(土)に本校生徒会主催の東日本大震災ボランティア第3弾に行ってきました。今回は、サッカー部の3年生がほとんど参加するということで、引率として私も同行しました。

石巻に到着後、3つのグループ(A、B、C)に分かれそれぞれの地域で活動しました。
A:牧浜にて、海鞘養殖に使用する牡蠣貝殻の選別作業
B:家屋の一階部分の泥だし作業
C:女川町にて、ブイの染色作業

私は、Aに入って選別作業に入りました。

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山の緑、海の青、貝の白、見事なコントラストに2年前の大惨事を思い起こすことが困難なシチュエーションのなか、黙々と作業を続けます。


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今回お世話になった水産業のご家族との記念撮影。あの日の出来事をこと細かく教えていただきました。生徒に響いてくれてればいいなと思うと同時に、そのような惨事が起きてからしか「生の尊さ」を確認できない私たちに苛立ちを感じました。


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レゴブロックで遊んでいるわけではありません。現実を受け止めることの困難さを突き付けられているようで、自分が真直ぐ立っていることが現実なのか、座標軸が入れ替わったかのような錯覚にとらわれました。(女川町)


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生徒たちの真ん中に立っているポールの最上部(6.9m)が波の高さだそうです。(石巻)


今回の作業は、B班のように被害の後処理作業だけではなく、A、C班のようにこれからの生活や、地元産業の礎に携わるような作業となり、ボランティアも徐々に次のステップに移ってきているのだなと感じました。


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帰りのSAで、某お菓子会社の宣伝カーに出会いました。「そういえば、翌日は11月11日ポッキーの日だ・・・」なんてことないことですが、座標軸が戻り、パラレルワールドから抜け出し現実世界に戻ったような感覚でした。そらまめが、高速道路の非常階段を降りたかのように・・・

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